昭和46年04月25日 特別奉修委員



 神様のまちがいなさを体験させてもらい、また分からせて頂くと言う事が信心を進めていく、又はおかげを頂くポイントになるところだと思うんですね。ですからこれはお互い心して、神様の間違いなさを良しにつけあしにつけ、分からせてもらうおかげをね、頂かなきゃいけない。今朝から朝の御祈念に合楽の、合楽会の会長でもあります、中村さんが、お参りしておられましたが、ほんとにあの感動というか、あいすまんというか、とにかくあの、目に涙をためてのおわびをなさっておられましたが。
 今度のご大祭に、いつも玉串をいつも言われますから、会長さんという決まりがありますから、それで名前を呼ばれますからね、あのまぁあげさせてもらうもんと思っとったけど、とうとう自分の名前だけが聞こえなかった、だからとうとう、そのあげなかったと。ほんとにあの帰ってから、そのことをどうしてその今日は、あの玉串があげられなかったであろうかと、ほんともう、今日あなたどうして玉串あげんやったの、あなたの名前よびよんなさったちいうちから、そこだけが聞こえてなかったとね。
 それでまあ私が思わせて頂いたことは、神様はほんとに厳しいなあと思うたと言うておられましたが、いつもは玉串をあげなければならんからというて、身を清めて、それこそ着物もその積りで、まあ神様に対してご無礼にならんようにというてこうしてこられた。でその日に限ってですね、もう普段のような気持ちでお参りしておったと言う事がね、それでもうほんとに、これは神様から見放されたっちゃなかじゃろうかと言う様な思いで、と言われますから。
 私はあんたがそこで気付かせて頂いたと言う事は、玉串をあげたよりも素晴らしいことだったですよというて、御話しをしたことでしたけれどね。ですからあのお互いが、信心させて頂いておるものでも、これまでこれほどに、いうなら私が玉串をあげようち、今日はわかっとるから、あの、身体でも清めてからといったような考え方の人が、果たしてどのくらいおるだろうかと言う事ですよね。
 久留米の大祭の済んで御直会の時に、旗崎の先生が「大坪先生、今日はおかげ頂きました」ち言われますもん。どう言う事でしょうかといったら、「もう実は私はね、今まで朝風呂やら沸かさせたことがない。今日はなんか朝風呂を沸かさせて頂いて、あのそれこそ一番下着から全部変えて今日は参拝させて頂きました。ご用させてもらった。そしたら私が今日はあんた開扉のおかげをいただかんならん、もうおそれいってしまいましたちいうてから(  )話されます。ね。
 神様はよしにつけあしにつけ、中村さんの場合はあしにつけでしょうけれどね、けれどもそこんところを気付かせてもらうと言う事は、信心が生き生きした信心の向上ですね。また( )あの、そこから信心をいわば進めていく、ための一分一厘間違いない働きを頂けれるようになる、ポイントになるところでもあるですね。まちごうとっても、おきづけ一つ頂けないと言った様な事では、生きた神様を現すことも、または頂く事も出来んと思うね。